【勘違い男による被害体験報告スレッド】 より
http://bbs.doorblog.jp/archives/2428083.html

110. 名無しさん 2019年06月10日 23:45 ID:V65YjWNE0
三十代初めの頃、恥ずかしながら失業して、ハローワークの世話になっていたことがある。
その際、技能を身に着けようと職業訓練校に通うことにした。
俺の選んだコースは期間2年、生徒40人ほど。
老若男女、年齢も立場もさまざまだったが、なにせ全員失業中。
スキルアップしてよい職に就こうという熱意にあふれていた。

担任は2人。
1人は六十代のベテランで基礎を教えてくれる『じいちゃん先生』。
じいちゃんという歳ではないが、便宜上こう呼ぶ。
もう1人は三十代独身イケメンで最先端の技術を教えてくれる『若先生』。

2人ともアルバイト講師で、ふだんは現場で現役バリバリ。
実習で手本としてやってみせる仕事のさばき方は惚れ惚れするほどで、特に俺はじいちゃん先生の芸術的ともいえる仕上がりに惚れ込んだ。
生徒はみな真面目で熱心だったが、俺もじいちゃん先生みたいになりたくて、学生時代にもないほど勉強した。




111. 名無しさん 2019年06月10日 23:47 ID:V65YjWNE0
生徒の1人に、Aという四十代独身男がいた。
休憩時間に生徒が集まって雑談しているとAも首を突っ込んでくるんだが、話題に加わるのではなく自分語りを始める。
オチもなくて長いんだが、要約すると、
『自分はよい家柄の出である、よい学校を出ている、よい会社に勤めていた、しかし自分の才能を生かせる場ではなかった』
という4点。
これを延々と語り続けてうざいので、いつしかAはハブられてぼっちになってた。
だがAはメンタルが強いというか、後から考えれば恋の力に押されて、生徒が集まっているところに突進してきた。

Aはいつもしわくちゃの不潔っぽい上着で、なぜか必ずブルーデニムのジーパンで、頭髪は油じみていて、顔は “ひょっとこ” に似ていた。
ひょっとこが両眼を開けてメガネをかけている感じで、すぼめた口を前にぐいぐい突き出して、
「俺は××万稼いでたんだ」
とか言っていた。
授業態度は真面目だったが、座学ではとんちんかんな質問ばかりするし、実習では非常に “へたくそ” で、若先生もじいちゃん先生も困っていた。

Aの目的はクラスで一番若い二十代のB子さん。
B子さんが1人の時も、みなで集まっている時も、必ず話しかけようとしてやって来る。
だがB子さんはあからさまに嫌そうな顔をするから、他の女子生徒がB子さんをよそに連れ出したりAの話し相手になったりして、B子さんを守っていた。
生徒はみな、
「Aは(Aも)失業中のくせに、なに女なんか追い回してんだ」
と思っていた。

112. 名無しさん 2019年06月10日 23:48 ID:V65YjWNE0
Aのことを除けば、生徒全員が若先生とじいちゃん先生の指導によりメキメキ腕を上げた。
2年たって卒業の時には、みな就職が決まるか、すぐには決まらないがめどは立つというところまで来た。
Aはどうなったか知らないが、就職が決まればB子さんに大威張りしに来るだろうから、決まらなかったんだろう。

そして卒業式の後の打ち上げの席で、
『若先生とB子さんが婚約する』
という発表があった。
こういうことに男は鈍いな、男子生徒にはサプライズだったが、女子生徒はみな知っていて、だからなおさらB子さんを守っていたのだ。
おい若先生、指導する立場にある担任が、なに失業中の女を追い回して……ううう、あの若先生の鮮やかな手さばきを見れば、B子さんだって惚れるよなあ……。
Aはテーブルの隅で、いつもの自分語りもなく、死んで一週間くらいたった魚みたいな目をしていた。

俺はと言えば、じいちゃん先生に惚れ込んだもんで、卒業後は個人的に通い弟子みたいにしてもらった。
いろいろ教わって仕事も紹介してもらって、なんとか食いつないでいる。
女なんか追い回すより、じいちゃん先生を追い回してよかったんだ。
きっと絶対そうだ。



死んだ魚を見ないわけ (角川ソフィア文庫)