31: 1/2 19/12/06(金)21:10:38 ID:ms.pz.L1
長いので分けます。

私が23歳だった時、勤め先が倒産した。
月々なんとか生きていけるだけのお給料しかもらえてなかったので貯金は0。
私は一人暮らしで実家も金銭的に頼れる人もいなかった為、次の就職先が見つかるまでの繋ぎとしてスナックでバイトを始めた。

私は正直美人じゃないし太ってるけど、田舎のスナックなのである程度女らしいファッションやメイクが出来て、ニコニコ愛想よくお話出来れば雇ってもらえた。
先述の通りの容姿だったので私に入れ込んだりする客はいなかったけど、自分のキャラを理解してぶりっ子などはせずとにかく明るくノリ良く元気良く振る舞っていた。
そしたら女性として好意を持たれるようなことはなかったけど
「あの子楽しくていいね」
って感じでそれなりに可愛がってもらえてた。

でも客の一人、Aは違った。

Aは初対面の時から私に
「お前ブスだな!」
と言い放ち、その後も私を呼ぶときは “お前” か “ブス”、名前なんか呼ばれたことない。
でもAは私にだけこうなわけじゃなくて、美人には
「知性がなさそうな顔してる」
誕生日を迎えたホステスには
「お前いくつになったの?26?ババアじゃねぇか!」
など、誰にでも言いたい放題だった。
自分は開いてんだか閉まってんだかわかんないような目をした、四十代後半でモジャモジャ天パのハゲで、身長も低くて太ってるくせに。
その上新人の子がAの暴言に泣いてしまったりすると
「なんだよ、俺が悪いみたいじゃん」
とふてくされていた。
そんなんだからAはホステスはもちろん、自分のお気に入りの女の子を貶された一部の客からも嫌われていたし、酷いときは他の客と取っ組み合いになったこともあった。




私ももちろんAのことは大嫌い。
来店する度に
(ゲッ!)
と思ってたけど、仕事なのでそんな態度も出せず、Aが何を言っても
「ブスなのくらい知ってる~!はいブス、Aさんからドリンクもらいま~す!」
「Aさんだけには言われたくない~!」
「B美さん(Aにババアと言われた二十代ホステス)がババアならAさんなんか死体じゃん!」
などとヘラヘラあしらっていたところ、私の出勤時にAが来店すると毎回私に押し付けられるようになって辟易していた。

32: 2/2 19/12/06(金)21:10:51 ID:ms.pz.L1
そんなある日、Aからアフターに誘われた。
めちゃくちゃ嫌だったけど、ママの前では無下に断れなかったし、以前から何度か断っていてその度に
「用事とか言ってるけど俺と行くのが嫌なだけだろ?」
とネチネチ愚痴愚痴うざったかったので、
(一回だけ我慢すれば今後は断れるかな)
と思い、渋々Aと二人でアフターに行くことになった。

駅前の安い居酒屋に連れていかれ、Aはしばらく偉そうに
「最近の日本はダメだ」
とかなんだとか語った後、
「俺はさぁ、見ての通りおっさんだし、金はないし、オシャレじゃないし、イケメンってわけでもないよ。
でも、そんな俺で良ければ付き合わない?」
などと言い出したので危うく飲んでいた酒を吹き出すところだった。

呆然としていたけど、Aのことだしもしマジな反応をしたら『嘘だよ馬鹿!誰がテメェみたいなブスと付き合うか!』みたいなこと言われるんだと思ったので、
「うっそだー!Aさんいつも私のことブスブス言ってるじゃん!冗談やめてよ~!」
といつもの調子で笑い飛ばしたが、Aは微笑みながら
「うん、確かにお前は美人じゃないし、太ってるし、特別ななにかがあるわけでもないよ。
でも、俺はいいなって思ってる。
それに、お前だって俺に何言われてもニコニコしてるなんて、俺のこと好きなんじゃないの?」
と続けたので、
(えっこれ口説いてるつもり?
『こんな私でもいいって言ってくれるなんて……好き!』ってなるとでも思ってるの?
ニコニコしてるのは『あんたが客だから』ってだけの理由だけど?)
と困惑しつつも、
(あっガチだこれ)
と悟った。

『現実見ろ!』と言ってやりたかったが相手は客なので、
「私は今、昼は就活・夜はバイトで大変で、誰かと付き合うとか考えられないからごめんなさい」
とやんわりと断った。
居酒屋を出て解放されると思ったのも束の間、Aが
「家まで送る」
と言い始めた。
家を知られるなんてとんでもないので
「悪いよ~」
と断ったけど酔っぱらってるAは全然諦めてくれず食い下がるし、居酒屋の前で駄々をこねどんどん声がでかくなっていった。

仕方なく
「じゃあ途中のコンビニまで送って」
と言い二人で歩き始めたが、手を繋いでくるわ繋いだ手の甲を舐めてくるわ。
道を進むにつれ
「ねぇトイレ行きたいから家上げて!なんにもしないよトイレ借りるだけだから!じゃないとその辺で立ちシ◯ンするよ!?いいの!?」
とゴネ出し、途中のコンビニで
「ここでトイレ借りなよ~」
と言ってAがトイレに入ってる間にダッシュで帰宅した。

Aからは鬼電と
「逃げただろ、そんなんだからお前はダメなんだよ」
などの罵倒を留守電に入れられ、
(どうしてこんな目に遭わなきゃならないんだ)
と悔し泣きした。

当時恋愛経験も少ない小娘だった私にとっては、
50年近く生きている貧乏でブサイクでダサい上に人間性も最悪のおっさんが、ブスとはいえ自分の半分の年齢の女と本気で付き合えると思ったこと、客商売の店員がニコニコ接してくるのを自分に気があるからだと思い込んでいたこと、顔を合わせれば罵倒していた人間が自分に好意を持っていると思っていたこと、頭の悪い大学生みたいなゴネ方で家に上がり込もうとしたこと、そのすべてが衝撃的だった。
そして、いくら私がブスでデブだからって、まだ23歳なのにあんなおっさんにさえ俺でもイケると思われるようなレベルなのか……としばらく落ち込んだ。



夢幻和国奇譚 KISSHO 巻の二
夢幻和国奇譚 KISSHO 巻の二